元スタッフ 自己紹介

JAまつりの帰り

2008/11/26(水) 日々の事

先々週(安城)、先週(刈谷)、今週(高浜)と各地で農業JAまつりが有りました。高浜では特大の白焼きのうなぎで有名、うなぎとキモとタレを買ってきました。その帰りに刈谷に寄った時の事。

(上部写真)は産業遺構として残された250m鉄塔の一部分です。頂上と根元をつないでキセル状態にしたちょっと哀れな姿です。

上部から見た形状は三角形で風の影響を少なくしたり基礎に接する部分も三角の頂点形で地震の影響を少なくした設計のものです。

以前は、高さ250mの紅白鉄塔8基(4基×2列)が長さ1.8Kmに整然と立ち並んでいた。碧南・高浜・安城・刈谷等から眺められ、この地域の象徴でした。鉄塔の角度などにより自分がどの辺にいるのか確認出来る程でした。(私もナビゲータとして利用したものです。えへへへ…)

昭和2年に着工、同4年に完成。当時では世界最大級の無線通信施設として運用を開始しました。1941年12月8日第二次大戦の開戦を指示する「ニイタカヤマノボレ」の暗号電文が発信されたとされています。

1996年夏から解体作業がはじまりましたが、作業中大きな事故が発生し作業員の方が亡くなりました。

しばらく当地には縁がありませんでしたが、久しぶりに行った時あの象徴が無いのにビックリしました。(!!!)
今では産業遺産としてここに記念館と共に残されるだけになりました。




            外断熱・エコハウス「共和の家」
               (監督 森 俊二)

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